「家系御三家」という言葉を聞いたことがあるだろうか。吉村家・本牧家・六角家 ― この3店が、横浜発祥の家系ラーメンを語るうえで欠かせない存在だ。なかでも六角家は、1994年に新横浜ラーメン博物館の開業メンバーとして全国にその名を轟かせ、いまや当たり前となった「味の濃さ・油の量・麺の硬さ」のお好みシステムを発明した元祖でもある。しかし2020年に破産、2022年に創業者が死去という悲劇を経て、2024年に弟子の手でラーメン博物館に「六角家1994+」として復活を遂げた。本記事では、六角家の味の特徴からメニュー、吉村家との確執の全貌、51店超に広がる弟子の系譜まで、家系ラーメンファンが知っておくべき情報を余すところなく解説する。
この記事でわかること:
- 六角家の味の特徴と吉村家との違い ― 「クラシック家系」の正体
- お好みコール誕生の経緯とキャベチャーの元祖としての功績
- 本牧家スタッフ引き抜き事件から破産・復活までの38年間の全歴史
- 六角家1994+と戸塚店の最新メニュー・訪問ガイド【2026年2月現在】
六角家とは ― 家系ラーメンを全国区にした「御三家」の一角
家系御三家の定義と六角家の位置づけ

家系ラーメンの世界には、「御三家(ごさんけ)」と呼ばれる3つの店がある。1974年に横浜・新杉田で産声を上げた吉村家を総本山とし、その2号店として1986年に本牧に開いた本牧家、そして本牧家で修行した神藤隆(じんどうたかし)が1988年に独立して構えた六角家。この3店が、家系ラーメンの基盤を築いた「御三家」だ。それぞれの味の方向性は「醤油の吉村家、バランスの本牧家、豚骨の六角家」と表現され、三者三様のアプローチで家系ラーメンの可能性を広げた。2026年現在、吉村家のみが創業の地で営業を続けており、本牧家は2023年5月に閉店、六角家は2020年に破産したが、弟子の手によって「六角家1994+」として復活を遂げている。
- 吉村家(1974年〜):家系ラーメンの総本山。醤油のキレが際立つ
- 本牧家(1986年〜2023年):吉村家の2号店。バランス型の家系
- 六角家(1988年〜2017年/復活2024年〜):豚骨の甘みを前面に出す「クラシック家系」
創業者・神藤隆の異色の経歴
神藤隆は、ラーメン職人としては異色の経歴を持つ。高校卒業後、まずはサラリーマンとして5年間勤務。トラック運転手だった父の不規則な生活を見て安定を求めたが、会社勤めが性に合わず退職。その後、洋食コックとして約10年間腕を磨いた。自分の店を持ちたいと考えたとき、洋食ではなく、自分が最も愛する食べ物であるラーメンの道を選んだ。吉村家の門を叩き、本牧家の店長として計7年間修行を積んだのち、1988年に六角橋で独立。西洋料理で培った「素材のバランス」への感覚が、後の六角家の「甘くて丸い」独自のスープを生み出す土台となった。
新横浜ラーメン博物館と全国区への飛躍
六角家の運命を決定づけたのが、1994年3月6日に開業した新横浜ラーメン博物館だ。世界初の「フードアミューズメントパーク」として注目を集めたこの施設に、六角家は開業メンバーとして選ばれ、横浜代表のラーメンとして出店した。当初は立ち食いスペースだけの予定が、あまりの人気に急遽座席を増設。連日の大行列がメディアに取り上げられ、「横浜家系ラーメン」という言葉が全国に広まるきっかけとなった。それまで横浜ローカルの存在だった家系ラーメンが、この六角家の出店を機に全国区のジャンルへと昇格したのだ。六角家は2003年5月31日にラーメン博物館を「卒業」するまで、約9年間にわたって横浜の味を発信し続けた。
破産から復活へ ― 2020年と2024年の転換点
栄光の裏で、六角家は2010年代に入ると急速に衰退していく。弟子の独立による人材流出、資本系チェーン(町田商店や壱角家など)の台頭、そして吉村家直系店との至近距離での競合 ― 複数の逆風が重なった。2015年には消費税の滞納により代表者宅に財務省の抵当権が設定され、2017年10月に神藤の体調悪化により六角橋本店が閉店。2020年9月4日、横浜地裁が有限会社六角家の破産手続開始決定を下した。そして2022年10月5日、創業者・神藤隆が逝去。しかし、神藤が生前に復活を託した弟子・袴田祐司の手により、2024年4月8日にラーメン博物館に「六角家1994+」として常設復活を果たした。
「クラシック家系」という独自の立ち位置
現在の家系ラーメンの主流は、醤油ダレのキレを前面に押し出すスタイルだ。吉村家直系を頂点とするこの「醤油パンチ系」に対し、六角家は豚骨の甘みと鶏油の芳醇さで勝負する。このアプローチは、同じく吉村家から独立した本牧家と合わせて「クラシック家系」と呼ばれる。現代の家系ラーメンがスープの「パンチ」を追求する方向に進化したのに対し、クラシック家系は出汁・カエシ・鶏油の三位一体のバランスを重視する。食べる人を選ばない穏やかさと、噛みしめるほどに広がる旨みの奥行き ― それが六角家の味わいの本質だ。黒い丼を使う吉村家直系に対し、六角家と本牧家が青磁(せいじ)の丼を使うのも、クラシック家系の視覚的な特徴である。
メニュー・価格一覧 ― 六角家1994+と戸塚店【2026年最新】
六角家1994+(新横浜ラーメン博物館)のメニュー
ラーメン博物館に常設出店している六角家1994+のメニューは、創業時のシンプルさを踏襲しつつ、ラーメン博物館ならではの「ミニ」サイズも用意されている。主力はもちろんラーメン(950円)。中盛り(1,050円)、大盛り(1,150円)と増量できるほか、博物館のハシゴ食べを想定したミニサイズ(750円)も人気だ。トッピングでは味玉ラーメン(1,150円)や数量限定のチャーシューメン(1,250円)がラインナップ。単品の味玉(200円)、海苔7枚(150円)も追加できる。サイドメニューには六角家名物のキャベチャー(200円)とライス(150円/大250円)、ビール(500円)がある。
| メニュー | 六角家1994+ | 戸塚店 |
|---|---|---|
| ラーメン | 950円 | 900円 |
| ラーメン中盛り | 1,050円 | — |
| ラーメン大盛り | 1,150円 | — |
| ミニラーメン | 750円 | — |
| 味玉ラーメン | 1,150円 | — |
| チャーシューメン | 1,250円(数量限定) | — |
| キャベチャー | 200円 | — |
| ライス | 150円(大250円) | 150円 |
| ほうれん草増し | — | 150円 |
ラーメン六角家(戸塚店)のメニュー
創業者の弟・神藤誠が株式会社ヘキサゴナルハウスとして運営するラーメン六角家(旧・六角家戸塚店)は、2025年7月14日にトツカーナモール GARDEN 1Fへ移転リニューアルした。メニューは極めてシンプルで、ラーメン900円を軸に、ほうれん草増し(100円)とライス(150円)という潔い構成。トッピングはチャーシュー、ほうれん草、海苔3枚、刻みネギが標準装備。六角家1994+と比べて50円安い価格設定は、ラーメン博物館の入場料(大人450円)が不要な分を考慮すると、日常使いしやすい価格帯といえる。移転前はバス必須の立地だったが、現在は戸塚駅から徒歩1分という好アクセスに生まれ変わった。
六角家1994+で食べるには、ラーメン博物館の入場料(大人450円、小中高生100円)が別途必要。ラーメン代と合わせると1杯あたり実質1,400円前後になる。ただし、ミニサイズで複数店をハシゴ食べできるのが博物館の醍醐味だ。当日中は再入場も自由。
名物キャベチャーの正体と食べ方
六角家を語るうえで外せないサイドメニューが「キャベチャー」だ。これは千切りキャベツに刻みチャーシューを和え、ごま油と醤油で味付けした冷菜で、六角家が元祖とされている。ビールのつまみとしてはもちろん、ラーメンを待つ間の前菜としても最適。食べ方のコツは、卓上の豆板醤(トウバンジャン)を少量加えてピリ辛にアレンジすること。また、残ったタレをライスにかけると「裏メニュー的な」楽しみ方もできる。六角家系列の弟子の店にもキャベチャーを提供する店は多く、今や家系ラーメンの定番サイドメニューの一つとして定着している。六角家1994+では200円で提供中だ。
コンビニ・お土産で買える六角家
六角家の味は、実店舗以外でも楽しむことができる。もっとも知名度が高いのが、セブン-イレブンのプライベートブランド「セブンプレミアム」から発売されている「横浜ラーメン六角家 濃厚家系豚骨醤油ラーメン」(248円+税)だ。2025年12月2日にリニューアル発売されたこの商品は、戸塚店監修のもと、ノンフライの太縮れ麺に濃厚な豚骨醤油スープを組み合わせている。また、藤原製麺からは乾麺タイプと生麺タイプの「横浜ラーメン六角家 豚骨醤油」が全国のスーパーで販売されており、お土産としても人気だ。さらにセブンプレミアムからは「六角家 家系豚骨醤油まぜそば」も展開されており、汁なしで六角家テイストを味わえる。
味の四本柱 ― 豚骨・鶏油・酒井製麺・青磁の丼が奏でるハーモニー

スープ ― 「甘い」と称される乳化豚骨醤油
六角家のスープを一言で表現するなら「甘い」だ。これは砂糖の甘さではなく、豚骨と鶏ガラを長時間炊き出すことで生まれる天然の旨みの甘さである。吉村家が醤油ダレの「キレ」で勝負するのに対し、六角家は豚骨の「コク」を前面に出す。創業者・神藤は生前、「理想の甘いスープ」を追い求め続けたといい、その探求は最後まで完結しなかった。復活した六角家1994+では、この遺志を継いで直径1.3メートル超の大回転釜を特注。従来の寸胴鍋と異なり、回転することで対流が生まれ、焦げ付きを防ぎながら豚骨の臭みを抑え、よりクリアで甘い出汁を実現している。「乳化感」が強く、サラッとした吉村家とは対照的なまろやかな口当たりが特徴だ。
鶏油(チーユ) ― 青磁の丼に浮かぶ黄金の膜
家系ラーメンの三要素は豚骨醤油スープ・太麺・鶏油だが、六角家はこの鶏油の使い方が特に印象的だ。鶏の皮を水から煮出し、沸騰後に弱火で約1時間かけてじっくり脂を抽出する。こうして得られた黄金色の鶏油は、スープの表面に分厚い膜を形成し、香ばしい甘みとコクを加える。吉村家では醤油ダレの味が鶏油を突き抜けてくるのに対し、六角家では鶏油の甘みがスープの第一印象を決める。この鶏油が青磁色の丼の中で黄金色に映える様は、六角家のビジュアルアイデンティティそのものだ。ちなみに、鶏油を煮出しすぎると水分と乳化してしまい、透明な油が取れなくなる ― この繊細な加減が職人の腕の見せどころとなる。
麺 ― 酒井製麺の「逆切り」太ストレート
六角家の麺は、家系ラーメンの麺を語るうえで避けて通れない名門酒井製麺の太ストレート麺を使用する。1玉160gが標準で、一般的な中華麺と比べるとかなりの太さだ。酒井製麺の最大の特徴は「逆切り」と呼ばれる技法。通常の中華麺は幅が厚みを上回るが、酒井製麺は厚みが幅を上回る形状に切り出す。これにより、上下面は緻密でスープを弾く(コシを保つ)のに対し、側面はスープを吸い込む構造となり、一口ごとにスープと麺が絡み合う絶妙な食感が生まれる。硬め(カタメ)で注文すると、もっちりとした弾力が際立つが、実は酒井製麺の麺はデフォルトでもかなり硬め。六角家のまろやかなスープとの一体感を楽しむなら、「普通」か「やわらかめ」がおすすめという声も多い。
チャーシュー・ほうれん草・海苔の三銃士
六角家のトッピングは、家系ラーメンの王道を踏襲する。チャーシューは豚肩ロースの煮豚で、適度な厚みと柔らかさが特徴。一枚がしっかりとした存在感を持ち、スープを吸って味が染みている。ほうれん草は家系ラーメンの象徴的なトッピングで、六角家でも茹でたほうれん草がたっぷりと盛られる。濃厚なスープの合間に口に入れると、青菜のさっぱりとした苦みが良いアクセントになる。そして海苔3枚。六角家では海苔を丼のフチに被せるように立てかける盛り付けが特徴的で、この「海苔の壁」が崩れ落ちる前にスープに浸し、ライスを巻いて食べるのが通の楽しみ方だ。この海苔の配置は六角家系列の店に共通する視覚的特徴でもある。
吉村家との味の違いを徹底比較
| 項目 | 六角家 | 吉村家 |
|---|---|---|
| スープの方向性 | 豚骨の甘み重視 | 醤油のキレ重視 |
| スープの質感 | 乳化系でまろやか | サラッと軽い |
| 鶏油 | 多め・甘み強い | 控えめ・醤油が貫通 |
| 丼の色 | 青磁(青緑) | 黒 |
| 分類 | クラシック家系 | 直系 |
| 名物サイド | キャベチャー | — |
両者を実際に食べ比べた人の感想を見ると、吉村家は「一口目のインパクト」が強く、醤油ダレが口の中で弾けるような鮮烈さがある。一方、六角家は「じわじわと広がる旨み」が特徴で、食べ進めるほどに豚骨と鶏油の甘みが重層的に押し寄せてくるという声が多い。「今の家系は醤油が強すぎる」と感じる人にとって、六角家のクラシックな味わいは新鮮に映るようだ。逆に、パンチのある味が好みの人には「上品すぎる」「もっとガツンと来てほしい」という意見もある。どちらが「正解」というものではなく、家系ラーメンの幅の広さを示す好対照だ。
お好みコールの元祖 ― 六角家が発明した家系ラーメンの注文作法

「味の濃さ・油の量・麺の硬さ」三変数の誕生
現在、ほぼすべての家系ラーメン店で行われている「お好みコール」 ― 味の濃さ・油の量・麺の硬さを自分好みに指定する注文方法 ― は、実は六角家が発明したものだ。家系ラーメンの総本山・吉村家では、当初この仕組みは存在しなかった。神藤隆が六角家を開く際に、「一杯のラーメンを、一人ひとりの好みに最適化したい」という発想から導入したのが始まりとされる。洋食コック出身の神藤にとって、客の好みに合わせて味を調整するのは自然な発想だったのかもしれない。この三変数システムはたちまち他の家系ラーメン店にも広がり、今では家系ラーメンの「文化」そのものとして定着している。
家系ラーメンの代名詞「硬め・濃いめ・多め」の注文は、ファンの間で「早死に三段活用」と呼ばれることもある。塩分・脂質・炭水化物すべてを増量する究極のカスタマイズだが、このユーモラスな呼び名自体が、お好みシステムがいかに家系ラーメン文化に深く根付いているかを物語っている。
初心者におすすめのお好み設定
六角家で初めて食べるなら、まずは「すべて普通」を推奨する。六角家のスープはもともと吉村家より穏やかで、「普通」の設定でもしっかりとした旨みを感じられるバランスに仕上がっている。ただし、普段から吉村家やその直系店(杉田家、末廣家など)の醤油パンチに慣れている人は、「濃いめ・多め」(味濃い・油多め)を選ぶと、六角家の豚骨甘みをより力強く味わえる。麺の硬さについては、酒井製麺の太麺はデフォルトでもかなりしっかりしたコシがあるため、スープとの馴染みを重視するなら「普通」か「やわらかめ」がおすすめ。硬めにすると麺の小麦感が強調されるが、スープの吸い込みは少なくなる。自分の好みを見つけるプロセスこそが、お好みシステムの真の醍醐味だ。
卓上調味料の活用術
六角家の卓上には、家系ラーメンの定番調味料が揃っている。なかでも常連が重宝するのがすりゴマとおろし生姜だ。すりゴマはたっぷりかけることでスープに香ばしさが加わり、脂のくどさが和らぐ。食べ始めは調味料なしでスープ本来の味を楽しみ、中盤からおろし生姜を溶かし入れると、生姜の辛味が豚骨の甘みを引き締め、味変として絶妙に機能する。豆板醤を少量加えてピリ辛にアレンジするのも人気の食べ方だ。また、酢を数滴垂らすとスープの輪郭がシャープになり、最後まで飽きずに食べきれる。これらの調味料は無料で使い放題なので、自分だけの最適解を見つける楽しみがある。
ご飯との合わせ技 ― 海苔巻きライスの流儀
家系ラーメンとライスの組み合わせは、もはや一つの食文化だ。六角家での鉄板の食べ方は「海苔巻きライス」。丼のフチに立てかけられた海苔3枚を1枚ずつ取り、スープにしっかり浸してからライスの上に乗せ、くるりと巻いて一口で頬張る。海苔がスープを吸ってしんなりとしたところにライスの甘みが加わり、至福の一口が完成する。さらに上級テクニックとして、スープに浸した海苔の上にほうれん草とチャーシューの切れ端を乗せてからライスを巻くと、ミニ手巻き寿司のような贅沢なアレンジになる。六角家のまろやかな鶏油スープは白米との相性が抜群で、最後にライスにスープを少量かけて食べ切る人も少なくない。
吉村家との確執 ― 裏切り・屈服・三つ巴戦争の全貌

本牧家スタッフ引き抜き事件の真相
六角家の誕生は、家系ラーメン史上最大のスキャンダルとも呼べる事件を伴っていた。1988年、神藤隆が本牧家の店長を辞めて独立する際、本牧家のスタッフの大半を引き連れて六角家をオープンしたのだ。残されたスタッフだけでは営業が成り立たず、本牧家は一時的に営業停止に追い込まれた。吉村家の創業者・吉村実は激怒したと伝えられている。この出来事は、後に文春オンラインが「家系ラーメン”のれん分け戦争” 吉村家vs.六角家 裏切りと屈服の黒歴史」と題した記事で詳しく報じ、ラーメンファンの間で広く知られるようになった。神藤自身は「自分が信じる味を追求したかった」と語っており、単なる裏切りではなく、味の哲学の違いが背景にあったとする見方もある。
「直系」と認められなかった理由
家系ラーメンには「直系」という概念がある。これは吉村家の創業者・吉村実が直接認めた弟子の店のみに与えられる称号で、杉田家、末廣家、はじめ家などがこれに該当する。六角家は本牧家で7年間修行し、味の実力は誰もが認めるところだったが、吉村家から「直系」と認定されたことは一度もない。スタッフ引き抜き事件が決定的な亀裂を生んだためだ。食ジャーナリストの小林孝充(元TVチャンピオン・ラーメン王)は「六角家は開店から現在に至るまで、吉村家から直系店として認められたことはない」と明言している。しかし皮肉にも、この「直系ではない」という立場が、六角家に独自の味を追求する自由を与えた。醤油一辺倒にならない「クラシック家系」の味は、吉村家の束縛から離れたからこそ生まれたともいえる。
「六角家は吉村家の直系である」という記述をネット上で見かけることがあるが、これは誤り。六角家の神藤隆は確かに吉村家で修行し、本牧家の店長を務めた実績があるが、独立時のスタッフ引き抜き問題により直系の認定を受けていない。「御三家」と「直系」は別の概念であり、六角家は御三家の一角だが直系ではない。
六角橋ラーメン三つ巴戦争(2012〜2014年)
六角家の衰退を加速させたのが、2013年から2014年にかけて勃発した「ラーメン三つ巴戦争」だ。まず2013年7月、吉村家の直系店末廣家が、六角家本店から徒歩5分の場所に開店。「免許皆伝」の称号を持つ実力店で、ファンは「吉村家がついに六角家を潰しに来た」と噂した。さらに2014年には、王道家系列のとらきち家が六角家のわずか2軒隣に出店。六角橋という小さなエリアに3つの有力家系店がひしめく異常事態となった。すでに弟子の独立で人材が流出し、神藤の健康も悪化していた六角家にとって、この二正面作戦は致命的な打撃だった。客足は目に見えて減り、六角家の閉店へのカウントダウンが始まった。
吉村家と六角家、和解はあったのか
スタッフ引き抜き事件から30年以上が経過したが、吉村家と六角家が公式に和解したという報道や証言は存在しない。両者の関係は、開店から最後まで「ぎくしゃく」としたままだったとされている。ただし、六角家の破産後、ラーメン博物館での復活に際して吉村家から公式な異議が出たという話もない。一部のラーメンファンは、六角家1994+の復活を「実力による名誉回復」と捉えている。また、神藤が2022年に亡くなる直前、ラーメン博物館の館長との最後の電話で体調不良を訴えたという逸話が残されているが、吉村との関係に言及した記録は残っていない。「確執」が和解で終わらなかったことは、家系ラーメン史の未完の物語として語り継がれている。
破産を象徴する「職人vs資本系」の構図
六角家の破産は、単なる一店舗の閉店ではなく、家系ラーメン業界全体の構造転換を象徴する出来事として注目された。東洋経済オンラインは「六角家の破産に見た家系ラーメンの重要な岐路」と題した記事で、職人が一杯ずつ手作りする「職人系」と、セントラルキッチンで均一な味を大量生産する「資本系」の対立構造を分析した。皮肉なことに、六角家がラーメン博物館を通じて全国に広めた家系ラーメン人気を、最も効率的に収穫したのは町田商店(ギフトグループ)などの資本系チェーンだった。ギフトは2018年に東証マザーズに上場し、六角家が破産した2020年には東証一部へ昇格を果たした。職人が種を蒔き、資本が果実を収穫する ― この構図は、ラーメン業界に限らない現代の食文化の縮図ともいえる。
1988年から2026年 ― 六角家38年の激動の歴史

創業期(1988〜1993年)― 六角橋商店街に灯をともす
1988年(昭和63年)、神藤隆は横浜市神奈川区の六角橋(ろっかくばし)に店を構えた。店名の「六角」はこの地名に由来する。六角橋商店街は当時、横浜有数の活気ある商店街で、人通りの多さが出店の決め手となった。開業当初はカウンターのみの小さな店だったが、本牧家から連れてきたスタッフの腕と、神藤が追求する「甘くてバランスの良いスープ」が口コミで評判を呼んだ。やがて近隣の常連客だけでなく、わざわざ遠方から訪れるラーメンファンも増え始める。まだ「家系ラーメン」という言葉すら一般的ではなかった時代に、六角家は横浜の下町で着実にファンベースを築いていった。
黄金期(1994〜2003年)― ラーメン博物館と全国展開
1994年のラーメン博物館開業が、六角家の運命を一変させた。横浜代表として選ばれた六角家は、全国から押し寄せる来場者の舌を唸らせ、メディアの注目を一身に集めた。この露出をきっかけに、明星食品との提携によるカップ麺やチルド麺が全国のコンビニに並び、「六角家」の名前は家系ラーメンの代名詞となった。この黄金期に六角家は最大10店舗にまで拡大。札幌、名古屋、大阪、高松などにも出店し、全国展開を果たした。多くの弟子を育て、独立させたのもこの時期だ。2003年5月31日にラーメン博物館を「卒業」した時点が、六角家の絶頂期だったといえるだろう。
衰退期(2012〜2017年)― 競争激化と閉店
2000年代後半から、六角家を取り巻く環境は徐々に厳しくなっていく。弟子たちの独立により店舗運営の中核を担う人材が流出。資本系チェーンの急拡大は、六角家のような職人系の店から客を奪った。そして2013年からの三つ巴戦争が追い打ちをかけた。2015年1月には消費税の滞納が表面化し、神藤の自宅に財務省による抵当権が設定される。この頃の口コミには「スープがぬるい」「麺にコシがない」「厨房でスタッフが怒鳴り合っている」といった声も見られ、全盛期の面影は薄れていた。そして2017年春、神藤の体調が深刻に悪化。自ら寸胴の前に立てなくなり、2017年10月末に六角橋本店は静かに暖簾を下ろした。
破産と創業者の死(2020〜2022年)
2020年9月4日、横浜地方裁判所が有限会社六角家の破産手続開始決定を発表。最終報告期の2013年7月期の売上高は約1億4,400万円だったが、その後の業績は急落していた。12月21日には法人格も消滅。ラーメン業界関係者は「巨星墜つ」「家系ラーメンの一つの時代が終わった」と嘆いた。そして2022年10月5日、創業者・神藤隆が死去。長い闘病生活の末だった。ラーメン博物館によると、最後に神藤から連絡があったのは2022年夏で、「体調が良くない」との電話だったという。六角橋の旧本店跡地は雑草に覆われた空き地となり、かつて行列が絶えなかった面影はなくなっていた。
復活期(2024〜2026年)― 1994+と戸塚新店
しかし、六角家の物語はここで終わらなかった。2021年、ラーメン博物館の岩岡館長が神藤に復活を持ちかけた。すでに自ら厨房に立てない状態だった神藤は、弟子の袴田祐司(蔵前家)を指名。袴田は1996年に六角家に入門し、本店とラーメン博物館店の両方で修行した後、浜松で蔵前家を開いた実力者だ。30周年記念企画「あの銘店をもう一度」の最終章として、2024年4月8日に「六角家1994+」が常設オープン。限定イベントではなく、レギュラー店としての復活だ。一方、戸塚では神藤の弟・誠が守ってきた戸塚店が2025年7月14日にトツカーナモールへ移転。2026年1月にはラーメン博物館の「RAMEN MUSIC FEST」に参加し、ジャズをテーマにした限定ラーメンを提供するなど、六角家は新たなステージを歩み始めている。
- 1974年:吉村実が吉村家を創業 ― 家系ラーメン誕生
- 1986年:吉村家2号店・本牧家オープン、神藤隆が店長に
- 1988年:神藤がスタッフと共に独立、六角橋に六角家を開店
- 1994年:新横浜ラーメン博物館の開業メンバーとして出店、全国区へ
- 2003年:ラーメン博物館を「卒業」。ピーク時は全国10店舗
- 2013年:吉村家直系・末廣家が六角橋に出店、三つ巴戦争開始
- 2015年:消費税滞納で代表者宅に抵当権設定
- 2017年10月:神藤の体調悪化により六角橋本店が閉店
- 2018年12月:弟・神藤誠が戸塚店を継承
- 2020年9月:有限会社六角家の破産手続開始決定
- 2022年10月:創業者・神藤隆が死去
- 2024年4月:六角家1994+がラーメン博物館に常設復活
- 2025年7月:戸塚店がトツカーナモールに移転リニューアル
- 2026年1月:RAMEN MUSIC FESTでジャズをテーマにした限定麺を提供
六角家の系譜 ― 51店超に広がる弟子と孫弟子の家系図

直弟子の代表格 ― 蔵前家・田村家・たかさご家
六角家から巣立った弟子たちは、全国各地で独自の味を花開かせている。筆頭は六角家1994+を手がける蔵前家(くらまえや)の袴田祐司。1996年に入門し、約5年の修行で独立を許された。神藤が「努力とセンスが抜きん出ていた」と認めた逸材だ。田村家(群馬県・館林市)は、六角家の直弟子として北関東に根を張り、青木家・松本家・田中家など多くの孫弟子を輩出。群馬・栃木の家系シーンを牽引している。そしてたかさご家(横浜市南区、1992年創業)は、後述する武蔵家チェーンの「祖母」にあたる存在で、六角家の味を東京に広げる橋渡し役を果たした。
武蔵家ルート ― 東京の家系ラーメンを制覇した巨大チェーン
六角家の系譜で最も影響力が大きいのが、武蔵家(むさしや)を通じた「東京家系」の爆発的拡大だ。六角家の弟子が開いたたかさご家から、さらにその弟子が1997年に新中野武蔵家を東京・新中野にオープン。ここから始まった武蔵家チェーンは、2026年現在で81店舗以上を展開する一大勢力に成長した。武蔵家は六角家のDNAを受け継ぎつつも、より豚骨の獣感が強く、粘度の高いスープと無料ライスを武器に、都内の若者層を中心にファンを獲得。深夜営業の店舗も多く、「東京で家系ラーメンを食べたことがある人の多くは、実は六角家の孫弟子の味を食べている」といっても過言ではない。
「武蔵家」には実は2つの系統がある。新中野武蔵家(たかさご家経由、81店超)と、吉祥寺武蔵家(六角家の直弟子、少数展開)。同じ「武蔵家」の名前でも系統が異なるため、味の方向性も微妙に違う。混同しがちだが、ラーメン通なら押さえておきたい知識だ。
吉田家・洞くつ家 ― 静岡・長野に根を張る六角家DNA
六角家の味を東海・甲信越地方に広げたのが、吉田家(静岡県伊東市)と洞くつ家(東京・吉祥寺)のラインだ。吉田家は六角家の姉妹店的存在で、デフォルトで生キャベツをトッピングする独自スタイルが特徴。ここからじぇんとる麺(伊東市)、捲り家(三島市)、くじら家(長野県諏訪市)などが独立し、静岡と長野に六角家の系譜を広げた。特にじぇんとる麺は「六角家ツリーの中で最も濃厚なスープ」と評されるほどの力強い味で知られる。洞くつ家は吉祥寺で豚骨と醤油の存在感が強いスープを提供し、ここからさらに静岡(貫徹家)や岩手(蔵人家)へと派生している。六角家のDNAは、横浜を遠く離れた土地でも脈々と受け継がれているのだ。
上々家・金八家 ― 横浜に残る正統派の味
六角家の発祥の地・横浜にも、正統派の流れを汲む店が健在だ。上々家(じょうじょうや)は東京・大田区にあるが、六角家の元総店長が営む店として「最も本店の味に近い」と評される。六角家本店が閉店した後は、その味を求めて遠方から通うファンも多い。金八家(横浜市金沢区)は常に行列が絶えない人気店で、六角家のバランス型スープをベースに、幅広い層に受け入れられる味わいに仕上げている。八家(横浜市保土ケ谷区)は、吉村家と六角家の両方で修行した異色の経歴を持つ店主が営む店で、両者の良いところを融合させた「いいとこ取り」の味が評判だ。
六角家系の見分け方 ― 青磁の丼とキャベチャー
膨大な数の家系ラーメン店のなかで、六角家の系譜に属する店を見分けるポイントがいくつかある。最もわかりやすいのが丼の色だ。吉村家直系が黒い丼を使うのに対し、六角家系は青磁(せいじ)色の丼を使う傾向がある。この青みがかった緑色の陶器は、六角家と本牧家が「クラシック家系」として共有するビジュアルの象徴だ。次にキャベチャーの有無。キャベチャーを提供する店は、六角家の系譜である可能性が高い。また、海苔の置き方にも注目。丼のフチに被せるように立てかけるスタイルは六角家の特徴だ。もちろん例外はあるが、これらの要素が揃っていれば、あなたが食べているのは六角家のDNAを受け継ぐ一杯だと考えてよいだろう。
| 店名 | 所在地 | 系統 | 特徴 |
|---|---|---|---|
| 蔵前家 | 浜松市 | 直弟子 | 六角家1994+の運営者 |
| 田村家 | 群馬県館林市 | 直弟子 | 北関東に多数の孫弟子 |
| たかさご家 | 横浜市南区 | 直弟子 | 武蔵家チェーンの源流 |
| 新中野武蔵家 | 東京都内81店超 | 孫弟子 | 東京最大の家系チェーン |
| 上々家 | 東京都大田区 | 直弟子 | 本店の味に最も近い |
| 金八家 | 横浜市金沢区 | 直弟子 | 常に行列の人気店 |
| 吉田家 | 静岡県伊東市 | 姉妹店 | 生キャベツトッピングの祖 |
六角家1994+・戸塚店 訪問ガイド

六角家1994+(新横浜ラーメン博物館)のアクセスと営業情報
六角家1994+は、JR新横浜駅から徒歩5分の新横浜ラーメン博物館内に常設出店している。営業時間は平日11:00〜21:00、土日祝10:30〜21:00(最終入場は閉館30分前)。ラーメン博物館の入場料は大人450円、小中高生100円で、当日中は再入場自由。六角家1994+以外にも7店舗が出店しているため、ミニサイズで複数店をハシゴ食べするのが博物館の王道の楽しみ方だ。運営者の袴田祐司は浜松の蔵前家を一時休業してこの厨房に立っており、六角家直伝の味を本気で再現する姿勢が、食べログ3.62という高評価にも表れている。2026年1月には「RAMEN MUSIC FEST」でジャズをテーマにした限定麺「JAZZ STANDARD+ 〜サビはわさび〜」を提供するなど、進化を続けている。
ラーメン六角家(戸塚店)のアクセスと営業情報
唯一の「六角家」の名を冠する実店舗が、ラーメン六角家(旧・戸塚店)だ。2025年7月14日に旧店舗(下倉田町)からトツカーナモール GARDEN 1Fに移転し、JR・市営地下鉄戸塚駅から徒歩1分という好立地に生まれ変わった。運営は創業者の弟・神藤誠が株式会社ヘキサゴナルハウスとして行い、2024年11月からは神藤誠の女婿(義理の息子)が代表に就任している。移転オープン日には通常の倍の仕込みにもかかわらず、35杯分を夕方6時前に完売するほどの人気ぶりだった。ラーメン900円という価格帯は、博物館の入場料不要な分、より気軽に六角家の味を楽しめる。
住所:神奈川県横浜市戸塚区戸塚町16ー1 トツカーナモールGARDEN
| 項目 | 六角家1994+ | ラーメン六角家(戸塚) |
|---|---|---|
| 最寄駅 | 新横浜駅 徒歩5分 | 戸塚駅 徒歩1分 |
| ラーメン価格 | 950円(+入場料450円) | 900円 |
| 運営者 | 袴田祐司(弟子) | 神藤誠(弟) |
| キャベチャー | あり(200円) | なし |

行列状況と混雑回避のコツ
どちらの店舗も、六角家ブランドの知名度と希少性から行列は覚悟したい。六角家1994+は、ラーメン博物館の中でも特に人気が高く、土日祝の昼時は30分〜1時間待ちも珍しくない。混雑を避けるなら平日の14時以降が狙い目で、閉館前の19時台も比較的空いている。戸塚店は移転後のアクセス改善で集客が増えており、週末は開店前から7〜8人の行列が報告されている。ただし回転は早く、カウンター中心の構成のため、一人で訪問するほうが席に通されやすい。どちらの店舗でも、入店後は速やかにお好みを伝えてスムーズな注文を心がけたい。
口コミ・評判から見る現在の実力
六角家1994+に対する評価は総じて高い。ラーメン評論家の山路力也は「濃密な豚骨出汁にガツンとした醤油ダレ、主張の強い鶏油の甘み」と評し、本店全盛期の味わいが再現されていると絶賛した。食べログでも3.62のスコアを記録し、「今食べても最高レベルの味。御三家の名は伊達ではない」「すりゴマと生姜を加えると次元が変わる」といった声が並ぶ。一方で「現代の家系としてはやや上品」「もっとガツンとした醤油感がほしい」という意見もあり、吉村家直系に慣れた人にはマイルドに感じるようだ。戸塚店は「日常使いできる価格で六角家の味が食べられる貴重な存在」として地元ファンに愛されている。両店ともに「六角家」の看板に恥じない実力を備えていることは、口コミの総意といってよいだろう。
まとめ ― 六角家が家系ラーメンに遺したもの

六角家は、家系ラーメンの歴史において代替不可能な存在だ。最後に、この記事のポイントを振り返ろう。
- 家系御三家の一角として、吉村家・本牧家と並び家系ラーメンの基盤を築いた
- 1994年の新横浜ラーメン博物館開業メンバーとして、家系ラーメンを横浜ローカルから全国区に押し上げた
- 現在すべての家系店で使われる「味の濃さ・油の量・麺の硬さ」のお好みシステムは六角家が発明した
- 名物サイドメニュー「キャベチャー」も六角家が元祖
- 吉村家との確執 ―本牧家スタッフ引き抜き事件により直系の認定を受けられなかった ― は、家系ラーメン史上最大のドラマ
- 2020年に破産、2022年に創業者・神藤隆が死去という悲劇を経ながらも、2024年に弟子の手で「六角家1994+」として復活
- 六角家から派生した弟子・孫弟子の店は51店舗以上。特に武蔵家チェーン(81店超)を通じて東京の家系ラーメン文化を形成した
「醤油の吉村家、バランスの本牧家、豚骨の六角家」 ― この三者が切磋琢磨した時代は、職人が一杯ずつ命を削って味を追求した家系ラーメンの黄金時代だった。資本系チェーンが席巻する現在、六角家1994+と戸塚店は、その職人の矜持を2026年の今に伝える貴重な存在だ。もし家系ラーメンが好きなら、「御三家」の味を知ることは、この壮大なジャンルを本当に理解するための必修科目といえるだろう。次にラーメン屋の暖簾をくぐるとき、青磁の丼や海苔の置き方、キャベチャーの有無に目を向けてみてほしい。そこに六角家のDNAが流れているかもしれない。

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